福井県近隣の古城・古戦場


福井県の古城 基礎情報

丸岡城 1576年
安土桃山時代
柴田勝豊

画像出所:wikipedia(CC BY-SA 2.1 jp 撮影者:baku13)
柴田勝家の甥の勝豊により築城された。勝家が豊臣秀吉によって滅ぼされると、この地は丹羽長秀の所領となった。関ヶ原の戦いの後、本多成重が丸岡城を拠点に丸岡藩として独立した。1695年お家騒動が起こり、本多家は改易となった。代わって有馬清純が入城。以後、有馬氏丸岡藩6代の居城となり明治維新を迎えた。
一乗谷城 不明年
室町時代
朝倉氏

画像出所:wikipedia(CC 2.5)
朝倉氏の拠点で、東、西、南を山に囲まれ、北には足羽川が流れる天然の要害で、地域全体が広大な要塞群であった。応仁の乱により荒廃した京から、多くの公家や高僧、文人、学者たちが避難してきたため華やかな京文化が開花した。最盛期には人口1万人を超え、越前の中心地として栄えていた。1573年越前に侵攻した織田信長の軍勢により灰塵に帰した。


福井県の古戦場 基礎情報

藤原仲麻呂の乱
奈良時代
764年
孝謙太上天皇・道鏡と対立した太政大臣藤原仲麻呂が軍事力で政権を奪取しようとして失敗した事件。マーカの位置は戦いになった愛発関付近とされる敦賀市疋田


九頭竜川の戦い
戦国時代
1506年
九頭竜川を挟んで朝倉氏と北陸一向宗との間に起こった合戦。夜襲により朝倉氏が勝利した。マーカの位置は朝倉軍の本陣があったとされる中ノ郷


金ヶ崎の戦い
安土桃山時代
1570年
織田・徳川連合軍の越前からの撤退戦。織田・徳川連合軍は越前の朝倉領に侵攻したが、途中浅井氏の裏切りを知り撤退する。金ヶ崎は、殿軍となった木下藤吉郎、明智光秀、徳川家康などが奮戦した場所