福島県近隣の古城・古戦場


福島県の古城 基礎情報

二本松城 1414年
室町時代
畠山満泰

画像出所:wikipedia(CC BY-SA 2.1 jp 撮影者:baku13)
麓の居館と、標高345mの「白旗が峰」に築かれた城郭からなる梯郭式の平山城。畠山氏が築城した後、畠山氏を滅ぼした伊達氏、蒲生氏、上杉氏、加藤氏、丹羽氏と所有者が変わっていった
会津若松城 1384年
室町時代
蘆名直盛

画像出所:wikipedia(CC0 撮影者:Roha:ja (talk))
芦名氏が築城した後、芦名氏を滅ぼした伊達氏、蒲生氏、上杉氏、加藤氏、保科氏と所有者が変わっていった。幕末、戊辰戦争の際には1ヶ月もの間持ちこたえた
白河小峰城 1340年
室町時代
結城親朝

画像出所:wikipedia(CC BY-SA 2.1 jp 撮影者:baku13)
東北では珍しい総石垣造りの城で、盛岡城、若松城とともに東北三名城のひとつ。幕末、戊辰戦争では激しい攻防の舞台となり、大半を焼失し落城した。


福島県の古戦場 基礎情報

奥州合戦
阿津賀志山の戦い
平安時代
1189年
鎌倉幕府と、奥州藤原氏の間の合戦。藤原氏は源義経を殺し源頼朝に服従の意を示したが、源頼朝は幕府による統一支配のため、戦上手の義経が居なくなった藤原氏を結局滅ぼした。


人取橋の戦い
安土桃山時代
1585年
伊達政宗と佐竹氏の戦い。6千の伊達軍に対し3万の佐竹軍がぶつかり、佐竹氏の優勢に終わったとされる。


摺上原の戦い
安土桃山時代
1589年
伊達政宗軍と蘆名義広軍との合戦。烈風の中の合戦であったと伝えられる。蘆名氏は滅亡し、伊達政宗は広大な領土を得ることになった


戊辰戦争
会津戦争
江戸時代
1868年 - 1869年
戊辰戦争の中で起きた戦い。薩摩藩・長州藩を中心とする明治新政府と会津藩およびこれを支援する奥羽越列藩同盟などの旧幕府勢力との間で行われた。