兵庫県近隣の古城・古戦場


兵庫県の古城 基礎情報

竹田城 1431年
室町時代
山名宗全

画像出所:wikipedia(CC継承 4.0 撮影者:Wae35244)
円山川の川霧により霞むことから、天空の城の異名をもつ。廃城から約400年を経ているが、石垣がほぼそのままの状態で残っており、現存する山城として日本屈指の規模となっている。江戸時代に入る前には廃城になっていた。
篠山城 1609年
江戸時代
徳川家康

画像出所:wikipedia(CC BY 2.1 jp)
1609年徳川家康は、松平康重を丹波国八上城に移し、さらに新城の築城を命じた。これは、山陰道の要衝である丹波篠山盆地に城を築くことにで、豊臣氏をはじめとする西国諸大名のおさえとするのが目的であったとされる。江戸期は、松平三家八代、青山家六代の居城となっていた。明治に入り取り壊された。
明石城 1618年
江戸時代
小笠原忠真

画像出所:wikipedia(CC 2.5)
1617年明石藩主となった小笠原忠真は、譜代大名たる小笠原氏10万石の居城として城郭を建設するよう、徳川秀忠より築城命令された。その後明治期まで、17代にわたる城主の居城となったが、1874年廃城令により廃城となる。
姫路城 1346年
室町時代
赤松貞範

画像出所:wikipedia(CC継承 4.0 撮影者:Terumasa)
江戸時代初期に建てられた天守や櫓等の主要建築物が現存し、国宝や重要文化財に指定されている。また、主郭部を含む中堀の内側は姫路城跡として国の特別史跡に指定されている。
赤穂城 不明年
戦国時代
岡光広

画像出所:wikipedia(CC 2.5)
1466年岡光広が加里屋城を築城。その後、1613年 赤穂は池田輝政の次男で備前岡山藩主・忠継の所領となり、一重の堀・石垣・櫓・門が造営される。1615年 忠継の弟・政綱が3万5,000石を与えられ赤穂藩が立藩し御殿が造営された。1873年 廃城令により廃城となるが、1955年大手門が再建される。


兵庫県の古戦場 基礎情報

一ノ谷の戦い
平安時代
1184年
源義経、範頼の源氏軍が、平家軍の集結する一ノ谷を襲った戦い。有名な「鵯越」の逆落としの場所は実際には、鉢伏山だったのではないかとされている


大物崩れ
戦国時代
1531年
大物崩れ(だいもつくずれ)は、赤松政祐・細川晴元・三好元長の連合軍が、細川高国・浦上村宗の連合軍を破った戦い


上月城の戦い
安土桃山時代
1578年
上月城で毛利輝元と羽柴秀吉の支援を受けた尼子勝久との間で行われた合戦。秀吉が救援できず城を囲んだ毛利方の勝利となった。マーカの位置は上月城跡


三木合戦
安土桃山時代
1578年 - 1580年
織田氏と別所氏の合戦。織田方の羽柴秀吉が三木城を兵糧攻めにしたことにより開城し終結した