長野県近隣の古城・古戦場


長野県の古城 基礎情報

松代城 1560年
戦国時代
武田信玄

画像出所:wikipedia(CC BY-SA 2.1 jp 撮影者:baku13)
甲斐国の武田信玄が信濃侵攻を開始し、越後国の上杉謙信と川中島の戦いへと発展した時期、同城は、川中島地域の拠点城郭として、武田家足軽大将の山本勘助に命じて築城された。甲州流築城術の特徴を強く持ち、武田氏築城の代表的な城の一つである
上田城 1583年
安土桃山時代
真田昌幸

画像出所:wikipedia(CC継承 3.0 撮影者: Qurren (talk) Taken)
上田城は、甲斐武田氏の旧臣である真田昌幸により築城された平城。真田昌幸が二度にわたる徳川軍の攻撃を撃退した上田合戦が行われたことで有名。
小諸城 1487年
戦国時代
大井光忠

画像出所:wikipedia(CC 2.5 撮影者:663highland)
元々は、大井光忠によって築城されたとみられる。戦国時代、武田信玄の東信州経営のため、1554年に改修された。さらに江戸時代にかけて、石垣を構築した近世城郭に改修された。
松本城 1504年
戦国時代
小笠原長棟

画像出所:wikipedia(CC 2.5 撮影者:663highland)
信濃守護家小笠原氏が林城を築城し、その支城の一つとして築城されたのが始まりとされる。後に武田氏の侵攻を受け小笠原氏は没落、武田氏は林城を破棄して松本城を拠点として松本平を支配下におく。武田氏滅亡後、徳川家康の配下となった小笠原貞慶が旧領を回復した
高遠城 不明年
不明
不明

画像出所:wikipedia(パブリックドメイン)
高遠城は諏訪氏一門の高遠頼継が居城としていたが、武田の手に落ちた。武田信玄は信濃への進出拠点として山本勘助等に命じ大規模な改築を行った。その後、織田・徳川の武田征伐の際、信長の長男信忠の5万の軍に囲まれ落城した。


長野県の古戦場 基礎情報

砥石城の戦い
戦国時代
1550年
武田信玄と北信濃の村上義清との間に勃発した砥石城攻防戦。武田信玄の生涯の中で、砥石城の戦いは最大の負け戦といわれている


川中島の戦い
戦国時代
1553年 - 1564年
武田信玄と上杉謙信の間で行われた5度に渡る会戦。マーカの位置は、山本勘助らが戦死した1561年の激戦の舞台になった八幡原