岡山県近隣の古城・古戦場


岡山県の古城 基礎情報

津山城 不明年
室町時代
山名忠政

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1441年美作国の守護大名であった山名教清が、現在の津山城のある丘陵(鶴山)に鶴山城を築かせたのが最初であるが、応仁の乱で山名氏が衰退し一度廃城となる。1603年森忠政が津山藩を立藩。同年、現在見られる津山城の築城が開始された。
備中松山城 1240年
鎌倉時代
秋葉重信

画像出所:wikipedia(CC継承 3.0)
愛媛県松山市にあった松山城との混同を避けるために「備中松山城」と呼ばれる。標高430メートルの臥牛山山頂にあり、現存天守を持つ山城としては最も高い所にある。1240年秋庭三郎重信が備中有漢郷の地頭となり大松山に最初の城を築いたのが始まり
鬼ノ城 不明年
飛鳥時代
大和朝廷?

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鬼ノ城(きのじょう)は、日本の古代山城である。大和朝廷は、白村江の戦いで唐・新羅連合軍に大敗した後、本土の防衛のために、対馬~畿内に至る要衝に様々な防御施設を築いた。鬼ノ城は発掘調査では7世紀後半に築かれたとされている。平安期以降は使われていたという記録はない。
岡山城 不明年
室町時代
上神高直?

画像出所:wikipedia(CC継承 3.0 撮影者:Reggaeman)
南北朝時代、名和氏の一族上神高直が石山台(岡山)に城を築いたと、「備前軍記」に書かれているのが最初と伝えられている。戦国時代に、宇喜多氏が本拠としたことで近世城郭の基礎が生まれ、その後小早川氏、池田氏により整備、拡張が行われた。


岡山県の古戦場 基礎情報

備中高松城の水攻め
安土桃山時代
1582年
羽柴秀吉が毛利氏の清水宗治が守備する高松城を水攻めにした戦い。秀吉は開城後すぐ中国大返しにより明智光秀との山崎の戦いにのぞむことになる