大阪府近隣の古城・古戦場


大阪府の古城 基礎情報

大阪城 1583年
安土桃山時代
豊臣秀吉

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石山本願寺の跡地に1583年豊臣秀吉が築城した。大坂夏の陣で大坂城は落城し、豊臣氏は滅亡した。落城で灰燼に帰した大坂城は、松平忠明に与えられたが、1619年に幕府直轄領に編入された。1620年から、2代将軍徳川秀忠によって大坂城の再建が始められ、3期にわたる工事を経て1629年に完成した。江戸時代にはたびたび火災による損傷と修復を繰り返した。特に1665年には落雷によって天守を焼失し、以後は天守を持たない城であった。江戸末期、鳥羽・伏見の戦いの混乱のうちに出火し、城内の建造物のほとんどが焼失した。
千早城 1332年
鎌倉時代
楠木正成

画像出所:wikipedia(GFDL)
千早城は、大和国と南河内国を結ぶ最短ルート交通の要衝であった千早街道から登りつめた金剛山の近くに築かれた山城。城は四方の殆どを深いに谷に囲まれ、城の背後が金剛山に続く要害の地である。鎌倉時代末期、北条氏の大軍を引き寄せ、守り通した千早城攻防戦の舞台となった。楠木氏がその後も所有していたが、室町時代になり北朝方の畠山基国に攻められ千早城は落城した。


大阪府の古戦場 基礎情報

千早城の戦い
鎌倉時代
1333年
後醍醐天皇の倒幕運動に呼応した楠木正成と、鎌倉幕府軍との間で起こった千早城をめぐる包囲戦。攻めきれず幕府側が撤退して終わった


若江城の戦い
安土桃山時代
1573年
若江城で行なわれた織田軍と三好義継軍の合戦。織田方の佐久間信盛が率いる大軍の前に内通者を出し敗北。三好本家は滅亡した。


天王寺の戦い
安土桃山時代
1576年
天王寺砦をめぐった織田信長と石山本願寺の戦い。救援に来た信長自身が攻撃の先頭に立つほどの激戦だったが、織田方の勝利に終わった


第一次木津川口の戦い
安土桃山時代
1576年
石山本願寺への兵糧搬入を目的とした毛利を中心とする瀬戸内の水軍と、織田の水軍の戦い。瀬戸内水軍の火矢攻撃により織田方は惨敗した


第二次木津川口の戦い
安土桃山時代
1578年
石山本願寺への兵糧搬入を目的とした毛利・村上水軍と、織田水軍の2度目の戦い。信長の建造させた鉄甲船により毛利水軍は敗退した


大坂冬の陣
野田・福島の戦い
江戸時代
1614年 - 1615年
大阪冬の陣において徳川方の水陸軍と豊臣方の水陸軍の戦い。豊臣方が撤退した。マーカの位置は野田城跡碑


大坂夏の陣
道明寺・誉田合戦
江戸時代
1614年 - 1615年
大阪夏の陣の中で発生した戦い。大和(奈良県)方面から押し寄せた徳川方の伊達政宗、水野勝成らの軍が豊臣方の後藤又兵衛、真田幸村らの軍と交戦した。長時間の激戦の末、後藤又兵衛は伊達軍に討ち取られた。真田幸村が押し返したが、退却命令が出たため、豊臣方は撤退していった


大坂夏の陣
天王寺・岡山合戦
江戸時代
1614年 - 1615年
大阪夏の陣の最後の決戦。戦国時代(安土桃山時代)最大で最後の戦いとなった。天王寺、岡山に陣を構える豊臣方に対し、南方から徳川軍が押し寄せた。マーカの位置は真田幸村が本陣を張った茶臼山