島根県の城郭と古戦場


第一次、第二次 月山富田城の戦い

尼子氏は、毛利元就の居城であった吉田郡山城を攻撃します。当時毛利氏は、山陽地方の小豪族に過ぎず、山口を拠点とする大内氏に帰順していました。大内氏から派遣された援軍もあり、吉田郡山城まではるばる押し出してきた尼子氏の撃退に成功します。

その後、大内氏が尼子討伐の軍を起こし、毛利元就もこれに参加したのが、第一次月山富田城の戦いです。大内氏の当主である大内義隆は、貴族趣向が強く、戦国武将としては有能とは言いがたい人物でした。枝城を落とすのに手間取り、軍旅を開始してから、月山富田城の近くにたどり着くまで半年を浪費してしまいます。結局、月山富田城を落城させることは出来ず、撤退しまう。撤退後、大内義隆は、ふさぎ込んで、表に姿を現すことが無くなり、大内氏の没落を招いたと言います。

世は戦国。下克上が当たり前の時代です。大内氏を部下の陶隆房が討ち、更に、その陶氏を毛利元就が、厳島の戦いで滅ぼします。中国地方で強大な大名に成長した毛利元就が尼子氏との決戦を挑んだのが、第二次 月山富田城の戦いです。勢力バランスは完全に崩れており、尼子側に離反者が相次ぎ、とうとう落城し、尼子氏は滅亡します。

毛利元就


第二次長州征伐 石州口の戦い

第二次長州征伐は、4方面から幕府軍が長州に押し寄せたため、四境戦争とも呼ばれています。大島口(瀬戸内海)、小倉口(福岡)、芸州口(広島)、そして石州口(島根)です。石州口には、人望はともかく、論理的判断に全く間違いの無い司令官として有名な大村益次郎が当たります。後に、戊辰戦争における長州軍司令官となり、日本陸軍の創生に大きな影響を与えた人物です。
大村益次郎は、元々は長州の田舎医者の息子ですが、藩士ではなく、大阪に留学し、適塾で塾頭になりました。その後、その高い知能と語学力を買われ、宇和島藩に上士待遇で臨時雇用されたり、幕府の講武所の教授を勤めたりしていました。
長州に帰国後、桂小五郎、高杉晋作などに請われ、長州藩の中枢に登用され、長州正規軍や奇兵隊をはじめとする諸隊の編成を改革したり、軍の近代化を計ります。四境戦争がはじまると、日本海側方面軍の指揮官となり、現在の島根県を攻めのぼります。長州藩の隣は、津和野藩でしたが、津和野藩は中立の立場をとって、長州軍を通過させます。大村は、松平氏の浜田藩を攻撃、論理的戦略と、近代化された指揮系統を武器に、数日で浜田城を炎上させました。

大村益次郎


見所


松江城

松江城は、松江市の中心部にあります。堀もかなり広いため、御座舟型の遊覧船が出ています。また、夕暮れ時、松江市の宍道湖大橋から、西の宍道湖に沈む太陽の美しさは格別です。太平洋側に住む人は、水面に沈む太陽、をあまり観る機会は無いと思います。夕刻に松江市を訪れたら、是非訪問したいスポットです。




足立美術館

また、同じ安来市には、横山大観の作品を多数集めた、足立美術館という美術館があります。全国で最も美しい庭園を持つ美術館としても知られています。何故こんな田舎に、こんな素晴らしい美術館が?! と驚くと思います。安来市から発って財を成した足立全康が建てた美術館です。



出雲大社

縁結びの神様として知られる出雲大社には、神無月(旧暦10月)になると、日本中から八百万(やおよろず)の神々が参集すると言われています。出雲では、10月は神在月と言うのだとか。この地方は出雲そばでも有名です。出雲大社で、自分或いは娘・息子の良縁を祈願した後は、出雲そばに舌鼓を打つのは如何でしょうか。



月山富田城

尼子氏の居城であった、月山富田城跡は、今は石垣を残すに留まっています。華やかな天守閣などを思い描いて行くと期待を裏切られます。一方で、昔のままの状態が比較的よく残っていますので、『戦国武将の眼』になって、付近を散策し、どこから攻めるか、などと想いを巡らすにはうってつけでしょう。





関連書籍



花神
長州の田舎医に生まれ、最期は日本陸軍の創生に尽力しながらも、暗殺により命を落とした大村益次郎の歴史小説です。靖国神社にそびえている大村の銅像は比較的まともですが、実際の容姿は珍妙で、火吹き達磨と呼ばれていました。 適塾の塾頭を勤めたり、宇和島藩に雇用され蒸気船を作ったり、幕府の講武所の教授を勤めたり、数奇な人生を送ります。大村の、途方もなく優れた頭脳と、平凡な個性のアンバランスさが、花神に描かれた大村益次郎の魅力です。俺が俺が、という自己主張は無く、不器用で平凡な私生活が愛嬌を感じさせます。しかし、戊辰戦争を長期間の内戦とさせず、あっという間に片付けた手腕は凄みそのものですし、内戦で日本が疲弊しないで済んだことは、大村益次郎の功績です。


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島根県近隣の古城・古戦場


島根県の古城 基礎情報

松江城 1611年
江戸時代
堀尾忠氏

画像出所:wikipedia(CC 2.5)
江戸期に建てられた平山城で、松江藩の藩庁となった。現在でも江戸時代初期建造の天守が現存する。
月山富田城 1185年
鎌倉時代
佐々木義清か

画像出所:wikipedia(CC継承 2.5 撮影者:monado)
1441年美作国の守護大名であった山名教清が、現在の津山城のある丘陵(鶴山)に鶴山城を築かせたのが最初であるが、応仁の乱で山名氏が衰退し一度廃城となる。1603年森忠政が津山藩を立藩。同年、現在見られる津山城の築城が開始された。
津和野城 1295年
鎌倉時代
吉見頼行

画像出所:wikipedia(パブリックドメイン)
鎌倉時代、元寇の翌年の1282年、沿岸防備のため着任した地頭の吉見頼行が最初に築城した。戦国期には、三本松城の戦いとよばれる100日以上に及ぶ籠城戦が生じた。山の尾根・支尾根に多数の曲輪を持つ典型的な中世山城である。


島根県の古戦場 基礎情報

第一次月山富田城の戦い
戦国時代
1542年 - 1543年
大内氏・毛利氏連合軍と尼子氏の戦い。尼子氏が耐え抜き、連合軍は撤退。マーカの位置は連合軍が最後に本陣を置いた京羅木山付近。


第二次月山富田城の戦い
戦国時代
1562年 - 1565年
毛利元就と尼子氏の戦い。元就は月山戸田城を包囲し兵糧攻めにした。尼子氏は降伏し滅亡した。


長州征伐
石州口の戦い
江戸時代
1864年
幕末における長州征伐の中で起きた戦い。大村益次郎が指揮する長州軍が日本海側を攻め上がり、浜田まで達し、松平氏の浜田城を攻略炎上させた戦い。